2015.11.28
幅允孝のよく噛んで読みましょう #3 「ゴージャスなナポリタン」
時に味わい深く、時に人生の栄養となるのは一皿のおいしい料理も、一冊の素敵な本も同じなのかもしれません。ブックディレクターの幅允孝さんが「よく噛んで」読みたい本を紹介してくれました。
やっぱりナポリタンが好き
スパゲティ・ナポリタンをなぜか無性に食べたくなる時がある。あの有無をいわせぬケチャップの甘しょっぱさは、細やかなパスタ麺の茹で加減など吹き飛ばしてしまう。ピーマンや玉ねぎやウインナーが、なんだかゴロゴロ入っていて、一気に食べればお腹もいっぱい。細かいことは抜きにして皆を満足させてしまう、(イタリアには決して存在しない)不思議なスパゲティ・ナポリタン。
この程、そんなナポリタンが登場する小説にであった。僕が審査員を務める「第2回暮らしの小説大賞」の大賞受賞作『ゴージャスなナポリタン』が、それである。なんとも人を食ったようなタイトルだが、中身もなかなか一筋縄ではいかない。
オフ・ステージの食の味わいとともに、人生は進む
舞台は、日本海を臨むとある町。そこにある小さなデザイン会社で文案担当を務める「ともふさ」さんは、40歳を過ぎても独身で、親と同居の一人っ子だ。仕事はボチボチできるものの、主人公ともふささんに(決定的に)欠けているのは、自分の日々を好転させていこうという気概。もしくは、その覚悟。多種多様な本とマンガが山のように積まれた万年床の湿った自宅の部屋で、それなりに愉しく過ごしながら、それなりに充足して生きてはいる。そして、何となく(というより確実に)垣間みえている両親の老いや結婚など自身の人生設計は、まとめて全部先送りにしたまま、毎日を過ごしていた。
そんなともふささんに、急転直下でさまざまな事件が降りかかるところから、物語はギアを一段上げる。大企業からのヘッドハンティングや父親の事故、そして恋人(いたんだ!)の妊娠。今までのようにのうのうと生きていたかったのに、自身と周囲を擦り減らさざるを得ない状況に巻き込まれてしまった彼はどう立ち回るのか?
魔法のような決定的な救いは、この物語に登場しない。けれど、小生意気な部下や腐れ縁の友人、かわいいもの好きな不思議っ娘など、何人かの限られた人たちとの交流を通じて、ともふささんは成長する……わけでもないのだ! 彼はほとんど変われないし、変わらない。強いていうなら、少しだけもがく。泳ぎを習いたての子供のように、バタバタと必死で手足を動かし、沈まないようにする。「沈まない。それだけで、十分じゃね?」と、ともふささんの独り言が聞こえてきそうだが、この「もがき」こそ、僕らが日々過ごしている「暮らし」なのだよなぁと僕は奇妙にも共感してしまった。
そして、要所要所で挟み込まれる食べ物の描き方もユニークだ。焼きそばパンやタバスコをかけたハンバーガー、そしてゴージャスなナポリタン。決して、ライフスタイル雑誌なぞが取り上げることはないベタベタな食べ物。けれど、これらがないと人生はやっぱり口さみしいのだ。着飾ったオン・ステージの料理もいいけれど、食べている場面をあまり見られたくないオフ・ステージの食。そんなものが実際的な日々を形づくっていることを知ると、ケチャップ全開、ナポリタンの味も全面肯定したくなるのです。
Profile
幅允孝(はば・よしたか)
ブックディレクター/BACH(バッハ)代表。
人と本がもうすこし上手く出会えるよう、さまざまな場所で本の提案をしている。
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