2015.06.29
あの街の、あの一杯 #2:鹿児島県天文館
いつか訪れた街、そして、今も訪れる街で出会ったコーヒー、ワイン、それとも一杯の水。どこにいても、時折味わい深く思い出す「あの街の、あの一杯」。鹿児島は天文館で、編集者の岡本仁さんが出会った一杯は、いままで岡本さんが自身で選ぶことのなかった焼酎のお湯割りでした。あの街が、ぐっとカラダにしみていく一杯との、出会いのお話です。
有無を言わせぬ、芋のお湯割り
はじめて飲んだ焼酎は、銘柄は憶えていないけれど、たぶん麦だったと思う。世の中がちょっとした焼酎ブームに沸いた頃に、芋焼酎も飲むようになった。麦と比べたらかなり癖があるなとは感じたものの、「遂に入荷! 幻のナントカ」といった謳い文句には抗し難い魅力があったのだ。飲み方はオン・ザ・ロックと決めていて、それは、酒は何かで割らずにそのまま飲むのが粋と思い込んでいたからである。
ところが数年前、鹿児島に来てみたら、そんな粋がりはまるで通用しなかった。鹿児島出身の友人が連れていってくれた、天文館にある『ごん兵衛』という店は、コの字のカウンターのみの湯豆腐専門店だった。友人は席に着くなり「焼酎」とひと言。きょろきょろしてもメニューがすぐに見つからなかったので、「ぼくも焼酎を」と、とりあえず後に続くことにする。
きっと「芋ですか? 麦ですか? 飲み方はどうしますか? 水割? お湯割り? ロック?」などと訊かれるのだろうと思っていたのだ。ところが女将さんは、黙って小振りなガラスコップをこちらの目の前にトンと置き、いきなりちろりから焼酎を注ぐ。
芋のお湯割り。有無を言わせぬやり方で、それまで決して試そうとしてこなかったお湯割りを飲むはめになったのだが、これがとてもおいしかった。熱からずぬるからず、まろやかで香りも高い。何度か通ううちに、これは焼酎をお湯で割っているのではなく、前日に水で割って、一晩寝かせてなじませたものを燗しているのだと教えてもらった。もちろん鹿児島のすべての店が、『ごん兵衛』のように「焼酎」と言ったら自動的にお湯割りを出すわけではない。むしろそんな店はほとんどなく、自分が飲みたいものを選べるほうが普通だ。なのにぼくにとっては、いまや「焼酎」とは、イコール芋のお湯割りのことになっている。
真夏でもお湯割りを飲むし、どのぐらいの分量で割るのがおいしいかも覚えた。もし焼酎の銘柄を選べる店だったら「八幡」か「大和桜」にする。その両方が置いてある七味小路の『橙』という店で、そうやってお湯割ばかり飲んでいると、あんなに苦手だった鹿児島の甘い醤油や味噌が、だんだん平気になってきた。少し辛目の焼酎には、甘い料理の味付けがとても合うのだ。
その土地の酒は、その土地の料理とともに楽しむのが、幸せへの近道というものである。
岡本仁(おかもと・ひとし)
編集者。マガジンハウスにて『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わったのち、2009年よりランドスケーププロダクツにて活動。著書に『今日の買い物』(プチグラパブリッシング)、編著書に『ぼくの鹿児島案内』(ランドスケーププロダクツ)、『果てしない本の話』(本の雑誌社)など多数。『暮しの手帖』にて「今日の買い物」を、『HANAKO for MEN』にて「東京遠景」を連載中。
店舗情報
湯どうふごん兵衛
鹿児島県鹿児島市東千石町8-12
電話 099-222-3867
橙
鹿児島県鹿児島市東千石町6-11
電話 099-223-1273
あの街の、あの一杯 #1:富山県射水市 カフェ uchikawa 六角堂
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