2016.01.27
in her pocket いつものあの味 第6回/平野紗季子さん
ゆるされるならばポケットに入れていつも持ち歩きたい、机や仕事場に常備しておきたい、そんな、いつものあの味を紹介するこのコラム。第6回目のゲストは、伊勢丹でイベントを開催したこともある平野紗季子さん。
若干24歳ながら雑誌やWEBなどで引っ張りだこ。『生まれた時からアルデンテ』の著者で、次代を担う、フードエッセイストの平野紗季子さん。執筆活動以外に料理人やパティシエ、アーティストとコラボした食のイベントも数多く手掛け、可憐なルックスからイメージするキャラとは裏腹、食に対するユニークな執着を語り出したら止まりません。伊勢丹愛を語る言葉にも、彼女ならではの目線が生きていました。
ハイテンションな秘境で貴重な「癒し系」スイーツ
「エスカレーターで本館地下1階に降りた瞬間、『欲望のエネルギー』を感じますよね、伊勢丹の食品フロアって。いや、どのフロアもそうなんでしょうけど、ほかはまだオブラートに包まれている感じ?(笑) 食品フロアは溢れかえる生命力が異常なほど。毎日がお祭り!みたいな。きっと食べ物が、人の生命力をむき出しにするんでしょうね」
2014年に本館2階の『イーストパーク』でイベントを開催して以来、伊勢丹に足繁く通っているという平野さん。なかでも本館地下1階の食品フロアが、特別な場所になっているようです。
「たとえば私にとって、洋服を買うことは、精神的負担を伴うとても社会的な儀式なんです。欲しいという本能に素直に従えず、人からどう思われるか、似合うという店員さんの言葉は本音か建て前か、試着したら買わないとダメなんじゃないか……とか考え始めたらクタクタになっちゃう。でも五感のまま、思うがままに買えてしまうのが食べ物なんです。しかもたった数百円で、ここまで幸せになれるなんて!」
食べ物の話をし始めると、ぱっと表情が明るく、言葉がするすると出てくるようになるのが印象的です。食の楽しみは「それまで食べたことのなかった味に出合う興奮」と「記憶に基づいて欲しいと思う味を楽しむ安心感」にあるという平野さん。伊勢丹の食料品フロアにおいて、後者に属する数少ないアイテムと話すのが<日本橋千疋屋総本店>の『チョコバナナオムレット』。
「構成要素からして、シンプルですよね。ふわふわの生地に甘いチョコクリーム、とってもやわらかいバナナ。小さな子供からお年寄りまで、安心できる上質感。素朴でちょっと懐かしい感じもいいのかな。私はいつも買ってすぐ、帰りの地下鉄のホームでもぐもぐ食べるんです。で、幸せになる。たとえ心がボロボロになったときでも、包み込んでくれる食べ物な気がします(笑)」
高級なものをキッチンで立ったまま食べる背徳感
2品目に選んだのは<紫野和久傳>の『からすみ餅』。「紫野和久傳といえば、食料品フロアきってのトップブランドのひとつですよね」と話しながらも、楽しみ方は自分流。「自分がおいしいと感じる食べ方が一番」というしなやかさも、いかにも平野さんらしいです。
「本館地下1階フロアをオセロにたとえるなら、『角を取ったぞ!』という場所にどんとお店を構えていて、ハイエンドなオーラをむんむん漂わせている『紫野和久傳』。いちじくのゼリー・朱玉や西湖など、季節ものの商品は必ずチェックするのですが、今の時期の楽しみがこのからすみ餅。1枚1,500円超えの価格に震えながら買うのですが(笑)、それがまた気持ちいい。おつかいものにするような特別なものを自分自身のためだけに買うって行為の背徳感が、たまらないんです」
軽く炙ってそのまま酒肴に、お吸い物に入れてお雑煮に、と、さまざまな楽しみ方のあるからすみ餅ですが、平野さんの食べ方は意外するぎるほどそのままでした。
「炙ってもおいしいんだけれど、横着者なので、電子レンジでチンしてそのままパクリっといきます。お茶うけに。いや、お茶すら淹れないことも多い。電子レンジの前で立ったまま食べてる。インスタグラムに上げる間もなく、だから誰にも知られずに。この『キッチンで立って食べる』おいしさって特別なんですが、わかってもらえるかなあ(笑)」
青果コーナーで発見した驚愕の「グラパラリーフ」
伊勢丹の食料品フロアは「ここでしか出合えないものだらけ」だと平野さんは話します。
「まるで呪文のような名前のハムがゴロゴロあったり、『シーフードバー』なるキャビアバーに、仕立ての良いシャツを着たダンディなお客さんがキャビアを頬張っていたり。一歩外の世界ではなかなかお目にかかれない光景が広がるのが、この食品フロアなんですよ。そんな中で、私をいちばん驚かせたのが青果コーナーで見つけたグラパラリーフです」
葉が厚く皮は薄い多肉植物の一種で、野菜でありながら果物のようなフレッシュな味わいがある不思議な食べ物。たしかに、あまり見かけたことがありません。
「葉りんごという呼び名があるそうで、なるほど、りんごっぽい味もするんですよね。『狼に育てられた少女』ならぬ『雑草に育てられたりんご』的な、野趣あふれる味わい。サクッ、プニュッという食感が意外に病みつきになるのですが、おいしいかと尋ねらても素直にうなずけない。単にかじって驚く。と、同時にこんな変なものを見つけてくるバイヤーさんてすごいなあ、と心の底から感心してしまうんです」
見たこともないものに出合わせてくれる場所
「食の世界で尊敬する人、というのが自分の中で何人かいるのですが、そのひとりが伊勢丹のトップバイヤーさん。常にいまだかつて出合えなかったものに出合わせてくれるんです。催事がルーティン化している百貨店が多い中で、ウィークリースペシャルのテーマにはいつもわくわくさせられる。キッチンステージのレストランセレクトもすごいですよね。『あの気難しいと評判の……』というシェフがつるっと出てきちゃうんだから、すごいよなあ、と心から思うんです」
ブランド感は意識しつつも、それを超えたところに独自の楽しみを見出している平野さん。気になるものが見つかったら、ぜひまた教えてもらいたいです。
Profile
平野紗季子(ひらのさきこ)
1991年、福岡県生まれ。慶応大学法学部卒業。小学生時代からごはん日記を付けていた生粋のごはん狂。食にまつわる発見をつづったブログが話題になり、学生時代から雑誌で執筆活動を始める。著書は『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。現在も休日を利用して食にまつわる文筆活動を続けている。『an・an』『SPRiNG』ほか連載多数。
商品の取扱いについて
記事で紹介している商品は、伊勢丹新宿店本館地下1階=カフェ エ シュクレ/日本橋千疋屋総本店、粋の座/紫野和久傳、フレッシュマーケットにてお取扱いがございます。
※「グラパラリーフ」は入荷しない場合もございます。
※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。商品の情報は予告なく改定、変更させていただく場合がございます。
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